フランスの一部 – Paraboot スキップしてコンテンツに移動する

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Parabootブランドの歴史を発見、または再発見してください。フランス産業史を背景に、情熱的な男女が出合い人間の冒険が始まりました。 家族の運命を社運に繋げ、既に4代目です。

伝統と大胆さ、そしてイノベーションの混ざり合う特別な世界へ、良い旅を。

2017 2017

Parabootはその歴史に新たなページを刻むのです。

Izeaux (イゾー)と Fures(フュール)の二つの工場を閉鎖し、全業務がSaint Jean de Moirans(サン=ジャン=ド=モワラン)に集約されました。

2015 2015

1945 -2015: Michaelモデルの70年。時代、反骨精神、流行を横断して

原点を忘れることなく社会とともに進化する、どの年齢層にも履きやすいモデル。世界中で、そのネームバリューを堂々と背負っています。 「再検討」とコラボレーションを繰り返して、このモデルは、感動に満ちた70年を生きてきました。

2012 2012

Parabootネットワークの進展

IzeauxにあるParaboot本社は、靴の世界で「メイド・イン・フランス」と「手縫いの靴」という数少ない紋章の一つになります。

2000 2000

ファミリーの伝説は続く

生産にMarc-Antoine、コレクションにClémentineが加わり、Parabootは4代目に引き継がれています。

1988 1988

都市にむけた新しい方向性

これらのコレクションは、今後、より都会的で、最も質の高い素材から、ブーツ職人の伝統的な製造方法により作られることを目指すことになります 。 贅沢品ではなく、高級品としてのポジションに位置づけしたのです。 Parabootは、メンズコレクションをただレディースにするのではなく、新たに真のレディースコレクションの創作を手がけることで多様化もしていきます...

1983 1983

「MICHAEL」がParabootの消滅を救う

商事裁判所と交渉しながら、Michel Richardは、イタリアで、より画期的な材料を探します。 また、彼は利益を上げているイタリアの靴製造社の経営方法を理解しようとします。そして、ついに...

1980 1980

暗黒の時代

商品と人との交流には長けてはいたが、経営には向いておらず、利益その他財務比率には無頓着であることを認識していたJulienは、戦後の経済急成長の栄光、急ぎすぎた経営拡大、増加し続けるインフレーションと簡単に借りてしまった借金のため、窮地に陥ってしまった企業を合理化するため、1973年に、国際企業で退屈していた息子 Michelを呼び寄せます。

1970 1970

方向転換:究極の靴の製造へ

スキー靴にはすぐに見切りを付けましたが、新しいヒューマンアドヴェンチャーを生む他のスポーツ靴の製造に取りかかります: 1970年には、空の婚約者たちと言われたGil DelamareとColette Duvalの為に作った靴は、パラシュート競技の世界チャンピオンであるフランスチームのために製作する靴の原点となります...

1960 1960

登山への情熱:「Galibier」ブランドの変化、そして成功!

Julien Richardは他にも、技術的、特殊性を持った靴を必要とする分野、そして流行となりつつあった趣味のスポーツ分野に需要を見つけようとします。 実用的な靴、「Paraboot」の陰に薄れてしまった「Galibier」ブランドは、スキー、アフタースキー、登山靴の最初の象徴となったのです...

1946 1946

斬新な賭け:手縫いの靴だけの製造へ

Rémy Richardの息子、Julienは、20歳になった1937年に、この会社に入ります。 戦争が勃発、そして軍事占領下、原料不足のため、生産が落ちていきます...

1927 1927

Parabootブランドの商標登録

1927年にRémy RichardはParabootの名前を商標登録します。これは、テラックスを輸入するアマゾンの港「Para」と彼がアメリカ合衆国で発見した興味深いBootを合わせた名前です。 アングロサクソンのモードをマーケティングのために作られた、どこでもあるようなブランドとは全く違うのです。ここで、Parabootの技術とスタイルが生まれたのです!

1926 1926

ラバーはParabootブランドの「DNA」

パリ、ロンドン、アムステルダムなど、Rémy Richardは旅を好み、多くの賞(メダル)を獲得するトレードショウに出かけるようになります。 1926年、英語を一言も知らずに、Rémyは、アメリカ合衆国行きの船に乗り込みます。 改革に興味を持つ彼は、アメリカ人が履いていたラバーブーツに目を付け、ラテックス、ヘヴェアまたはゴムと呼ばれる全く新しい素材に輝きを見出します...

1910 1910

「Chaussures Extra」の第一歩

パートナーとして会社に入れたもう一人のエージェントの紹介で、RémyはSarthe県の裕福な公証人の娘、Juliette Pontvertと出会います。 Rémyは1910年にJulietteと結婚、RichardPontvert社を設立します。花婿は、ノウハウ、デッサンそして道具一式を、花嫁は資本金としての持参金を持ち寄ります。そして、Rémyは「Chaussures Extra」ブランドと洗練された高級シューズコレクションを立ち上げます 。

1908 1908

Rémy Richardの斬新さと自発の精神

19世紀の後半。アルプス山脈の麓にある小さな村、Izeauxから始まりました。 1878年、質素な農家に生まれたRémy-Alexis Richardは、Izeaux村にある靴工房20軒の一つ、Chevronの靴革裁断師 となります。これらの工房は...